トップ > 数で学ぶ島原市
水と火山と歴史の見どころあふれる島原市。数字をたどればそんな島原の魅力が見えてくる!
いろんな1番
島原半島ジオパーク
世界ジオパークに認定された日本第1号。島原半島全体が貴重な自然と歴史の宝庫。
雲仙岳災害記念館
日本で1番最初の火山体験学習施設。島原半島ジオパークのコア施設。
白土湖(しらちこ)
日本で1番小さな陥没湖。散策の名所で、近くでは酒造りも盛ん。
湧水スポットや江戸時代末期に建てられた酒蔵などの古いまち並みが残っている。
平成新山
雲仙・普賢岳噴火により新たに形成された日本で一番新しい山。
3大名物

まゆやまロード
眉山(まゆやま/日本三大難山)
治山が困難なことから選定されたと言われる。
旧島原藩薬園跡(日本三大薬園跡)
シーボルトの門人・賀来佐之らが眉山の麓に開いた薬草園。
100名選

島原城
島原市(水の郷百選)
水を生かしたまちづくりが評価され、「水の郷」に指定。
島原湧水群(日本名水百選)
飲んでよし、眺めてよしの湧水の名所がいたるところに点在。
島原城跡公園(日本の歴史公園100選)
島原城天守閣や島原文化会館などを中心に広がる公園。桜の名所でもある
島原城(日本100名城)
5層の天守閣がそびえ立つ島原のシンボルの一つ。
島原図書館(公共建築百選)
好学で知られる島原藩主・松平家が残した1万冊の和漢の書は必見。
具雑煮(農山漁村の郷土料理百選)
長崎名物の一つで、島原の乱の際に天草四郎が考案したとも。
100年の歴史

島原鉄道
島原新聞(創刊約100年)
全国でも希少な1世紀続く地方紙。明治32年に創刊。
島原鉄道(創業約100年)
明治41年創立、海沿いを走るローカル線。車窓の風景は最高だ。
島原1から数えてみよう 〜21世紀までの歴史あれこれ〜

はじめの1歩
坂本龍馬 長崎上陸第1歩を踏み入れたのが島原市。

2メートル
島原手延べそうめんの長さ。作り始め10cmから腰の強い極細の手延べそうめんに。

300年以上の歴史
起源は江戸時代と言われる島原の精霊流し。切子燈籠を飾った精霊船は実に幻想的で優美。

400メートル
武家屋敷街を流れる水路の長さ。藩政時代より生活用水として大切にされてきた。

5km
湯江川の長さ。水量豊富でホタルの名所。支流の山ノ田川では全国でも珍しい天然記念物「オキチモズク」が見られる。

六兵衛
サツマイモが主食作物として重要だった江戸時代に、サツマイモ粉につなぎとして山芋を加えて作った麺。当時は保存食とされていたが、今日となっては島原の郷土料理として親しまれている。

7万石
4氏19代の大名が治めた島原藩の石高。

8888段
舞岳中腹から山頂に開通する舞岳ふれあいロードの自然遊歩道の階段。ハイキングや森林浴に最適。

昭和9年
「桜吹雪はネ~」と唄い親しまれてきた「島原音頭」。この年誕生したと推察。

10メートル
別当中村家屋敷門の長さ。現在は移転しているが、長崎入りした坂本龍馬が休憩のため立ち寄ったところ。

110km
島原半島を一周する島原街道。藩主が通る道であったため殿様道路とも。

天正12年
島原・有馬氏と佐賀・龍造寺隆信が戦った沖田畷合戦の年。戦国の九州を塗り替えたと言われる合戦。

1359メートル
普賢岳の標高。約10万年前に誕生したと言われる。

直径14メートル
雲仙岳災害記念館で好評の平成大噴火シアターのスクリーンサイズ。

15世紀
松平家にまつわる資料の中でも必見の「混一疆理歴代国都地図」。この中に15世紀初めの東アジアが詳細に描かれている。

1637年
島原の乱発生年。16歳の天草四郎を大将に3万もの農民が立ち上がった一揆。

1792年
地震、噴火に加え津波が対岸の天草も襲い、「島原大変肥後迷惑」と歴史に刻まれた大災害の年。後に作家パール・バックはこの出来事を元に「THE BIG WAVE」を執筆。

1812年
伊能忠敬が訪れた年。領内を半月かけて測量を行った。

1990年
この年の秋、普賢岳が噴火。甚大な被害をもたらし、1991年6月には、普賢岳火砕流で43名の方が犠牲に。6月3日は、追悼と後世に伝える意味から祈りを捧げる「いのりの日」となった。1996年にようやく終息宣言が出された。

平成20年
平成噴火後、安らぎの場となるよう導流堤に緋寒桜が植えられ、この年初めて開花。どんなに冬が厳しくても、ギュッと固く結んだ芽は顔を出し、水温む頃、春の饗宴を繰り広げる。

21世紀
火山の脅威と恩恵の数々、キリシタン文化が花咲き、城下町が築かれ、歴史の見どころも多い島原。平成21年、世界ジオパーク認定を機に、希少な自然や歴史、火山とともにある暮らしは世界に知られることとなった。海の玄関口・島原市から、その魅力を探る旅は始まる。
